「死」とは何か。

​インドネシアのタナトラジャ地方で行われる独特の葬儀。そこでは、死が生の終わりではなく、生の頂点として存在している​。

 

葬儀の風景

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父の柩と共に儀式の始まりを待つ男、マテウス。死後三年の準備を経て、明日から葬儀が始まる。

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生贄となる水牛。死者の魂は、捧げられた生贄とともに自然に返ってゆく。

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「リアン」という岩山の崖に沿って作られた墓地。タナトラジャでは、死者の遺体は自然の岩山や洞窟内に安置されている。

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柩を囲み行われる「マバドン」という歌とダンス。死者へ感謝の気持ちを捧げる。

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トラジャの人々にとって、水牛は民族のアイデンティティーを支える最も大切な生き物である。

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タナトラジャ 「死の儀式」​

   -生の頂点にある死へ

 

§

 鼻先をロープで繋がれた一頭の水牛が、男に連れられ、現れた。大勢の人々が見守るなか、男は水牛の右前足を木に縛りつけると、腰にさしていた山刀で、いきなり水牛の喉元を掻き切った。大量の血が噴き出し、暴れまわる水牛。私は目の前の光景に戦きながらも、一心にシャッターを切り続けた。それからしばらくの間、何とかもがいていた水牛も最後には力なくその場に倒れ、自身の血の海へと沈んでいった。辺りには、銅鑼の音が鳴り響いていた。

                                 

 インドネシア中部に位置するスラウェシ島、タナトラジャ地方。標高約1000メートル、島の内陸に位置するこの一帯は、照りつける太陽と葬儀に集まった人々の熱気に包まれていた。農閑期の六月から十月に集中して行われる葬儀。その光景をカメラに収めようと、私は村々を巡っていた。

 タナトラジャとは、「トラジャ族の住む土地」を意味する。トラジャというと、日本ではコーヒーの産地として知られる。トラジャ族は、一説によると、はるか昔、紀元前三〇〇〇年代初頭に、中国大陸から船でこの地に辿り着いた人々であるという。その起源を示すかのように、「トンコナン」と呼ばれる舟形の屋根をした家屋が、現在も生活の中で使われている。人口はおよそ四〇万人。宗教的にはオランダの影響で大多数の人々がキリスト教に改宗しているが、元々、アニミズムを信奉し、現在でも彼らの独特の死生観そして葬儀についてはその土着信仰の影響を色濃く残している。

 トラジャ族にとって、人は亡くなってもすぐに「死者」とはならない。葬儀が行われて初めて、「死者」となる。それまでは故人は家の中で木の柩に入れられ、病人として扱われる。その期間は家族によって異なるが、およそ数年から一〇年。その間に家族は故人の「死」、つまり葬式の準備を行う。現在でこそホルマリンを注射することで遺体の防腐処理を簡単に行えるが、昔は柩の中で遺体が腐敗することも多く、トラジャ族は死の臭いとともに日常生活を営んできたという。

 

 葬儀が始まると、その宴は数日から一週間にもお帯、多くの参列者のもと、故人を偲び、歌やダンスが繰り広げられる。そしてこの日のために用意された何十頭もの水牛や豚が生贄として殺されてゆく。トラジャ族にとって、できるだけ多くの生贄を用意することが故人の生きた証となり、また、残された家族にとっては故人への感謝や悲しみを表すものとなる。村人によると、盛大な葬儀では生贄が水牛一〇〇頭、豚五〇〇頭以上になるものもあり、より大きな葬儀を行うために借金をし、破産してしまう者もいたという。トラジャ族の生活水準から考えると、一頭それぞれ約一〇万円、三万円はする水牛や豚を用意する経済的負担は大きく、必然的に彼らは、葬儀のために多くのお金と長い期間を費やしてゆく。それはまるで、彼らが死の準備をするために生きているかのようにも見える。

 先ほど生贄となった水牛を、数人の男たちが山刀で手際よく解体してゆく。顔だけを残し、ばらばらに切り落とされたその肉は、今日、この葬儀に参列した大勢の人々へ感謝の気持ちとして配られるという。

 前日、父の葬儀を控え、緊張の面持ちだったマテウス(ギャラリー参照)も葬儀初日を終え、その顔には安堵の表情が浮かんでいるように見えた。この葬儀では明日以降、二三頭の水牛と三五頭の豚が生贄として捧げられるという。そして最終日に故人の柩は家族や近親者によって運ばれ、岩山にある「リアン」に安置される。そこで故人は初めて、「死者」として自身の人生を終えるのである。

 翌日、別の村へと向かう途中、どこからともなく、あの銅鑼の音が聞こえてきた。今日もタナトラジャのどこかで繰り広げられる「死の儀式」。私は、そこに流れる「生と死」を思った。

 

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