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     バウルの歌

   −The  Song of Baul−

「バウルとは海である」。一人のバウルはそう語った。さまざまな物事の川が一緒くたに流れ込んだ海。そこから生まれた一つの生き方、そして歌がある。

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​ インド西ベンガル州からバングラデシュにまたがるベンガル地方。そこに、長い髪に髭をたくわえ、エクタラと呼ばれる一弦琴を携え歌い歩く人々がいる。「バウル」と呼ばれるベンガルの吟遊詩人たちだ。

 「バウル」という言葉がサンスクリット語の「風」あるいは「風狂」という言葉に由来すると言われるように、バウルとは風のように、いかなるものからも自由に、そして時に狂ったように歌い続ける人々である。

 彼らは村の中に居を構えたり、旅に身を委ねたりしながら、歌とともに日々の生活を送る。托鉢を行ったり、村々などで催される祭りを巡って歌ったりすることで日々の糧を得るというものである。そうした生活から紡ぎ出されてきた歌は、長い間、口承により現在まで連綿と歌い継がれてきた。

 バウルの歌には、人間の心を最重視する思想が表現されているという。彼らは外の世界ではなく、人間の心の中にこそ必要なものすべて、神さえも存在していると考える。そして、いかなる宗教やカーストなどの社会的区別にも縛られることなく、自身の心の中を見つめ、さすらうために歌い続けるのである。彼らによって作られ、伝えられてきた歌は人々から愛され、特に社会に縛られた最下層の人々の精神的な拠り所となってきた。

 しかし、このバウルの歌も二〇〇五年にユネスコの無形文化遺産に指定され、伝統の貴重生とともにその存続が危惧されている。急速なグローバリゼーションの流れは、ベンガル地方とも無関係ではない。バウルの生活と文化を支えてきた村社会にも貧困そして価値観の変化により、彼らの生き方を包容する豊かさが失われつつあるのだ。

 私は、二〇〇四年からバウルの姿を求め、取り憑かれたようにベンガル地方に足を運んできた。街角や村の祭りで彼らの姿を探し、時に彼らと生活を共にしながら、歌う姿をカメラで捉えてきた。

 バウルとしての生き方が難しくなってきている現代にあたってなお、精神的なものを求め、ひたすらに歌い続けるバウルたち。そんな彼らの歌う姿を見つめていると、私たちが忘れてしまった大切な何かがあるのではないか、そんな気がしてならないのである

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